全てのものに神が宿る、と言われて違和感を覚える日本人は少ないと思う。真理「唯一絶対の神が遍在している」を確信しているのが日本人。

7世紀に、我らの先祖が日本建国の際に、「唯一絶対の神が遍在している」を確信していたから日本が建国できた。

大陸の東の果てに浮かぶこの島々は、大陸プレートの端にあることにより、火山活動等のエネルギー循環が激しいところ。縄文の時代から、山や川や海から自然の恵みを多く受け、暮らしやすい島々であった。大陸の様々な所から、様々な人々が流れ着いたのはこの島々。

その先祖は、火によって滅び、氷によって滅び、水によって滅んだ文明の生き残り。欲により勃興し没落したこともある。そして、今に至る。日本語と遺伝子に先史時代の記憶をとどめる日本人。

日本建国以前は、九州北部に本拠地があった倭の一部ではあったが、当時は、現在の国民国家のような国の概念ではなく、現在の日本や韓半島の取りまとめが倭王であった。中国で唐が成立し、その影響もあり大和(畿内)が九州を併合し日本を建国した。

日本建国時の先祖は、元々の土着の人々、中近東から数百年にわたり流れ着いた人々、中国から数百年にわたり流れ着いた人々、南アジア等の様々な地域から長年にわたり流れ着いた人々の子孫である。日本建国時の史書「日本書紀」が漢字で書かれているということは、漢の影響が当時強かったと考えられる。夏、商、秦、魏、蜀、唐などではなく、「漢」字である。中近東が起源であるヘブル語やアラム語とカタカナは類似しているが、日本国の中心言語とはなれなかった。また、ひらがな、があるので、大きくは、漢字圏、へブル・アラム語圏、インドシナ地域圏の3地域の出身者が多かったと考えられる。

主義主張が違う人々が一緒に未来を築くときには、ともに認め合える共通の価値観が無いとその実行は難しい。その要が「唯一絶対の神が遍在している」の確信であり、それがいわゆる「八百万の神々」ともつながる。中国系は道教、中近東系は東方キリスト教、また、先祖崇拝は共通するところであろう。自然崇拝に原キリスト教や道教や仏教が混じりあったもの。それが先祖から受け継いだ伝統である。何れにしろ、日本も外国もその出自はシュメールや更にその前の先史時代が主な源である。

今、我々が強く意識しなければならないのは、「唯一絶対の神が遍在している」ということである。この世はすべて神の一部であり、一部はすべてを知りえることは無い。すべてを感じたつもりにはなれるかも知れないが、それには客観性が無い。神はうねり、物質を生み出し、この宇宙を創造された。そして、今なお変化し続けその変化を静かに楽しむ。我々も、その一部として変化を楽しむ。現在、いろいろな仕事や商売があるが、世間に受け入れられる新しい変化を多く起こした人や組織が成長している。

「八百万の神々」と書くと神が複数存在するように捉えてしまうが、これは誤りである。唯一絶対の神がいろいろな形で現れるだけである。人として、あるいは犬として、または砂として。日本建国時には、「八百万の神々」としても大きな混乱は無かっただろうが、ローマ化した西洋キリスト教文明の洗礼を大きく受けた今日、「八百万の神々」は、「八百万の現れ方をする唯一の神」と考えるものだ。

西洋キリスト教文明では、個人対神の契約が基本となる。だからこそ、個人の意識が強く、この世の性質のうち粒子性を突き詰める文明として発展してきている。光は粒子性で見ると波動性は見えず、波動性で見ると粒子性は見えない。しかし光子はひかり、その波動性や粒子性のどちらもあるのだ。光子が粒子として振動し続けているのである。人には、脳で考える論理的な思考の部分と本能から湧き出る感情の部分がある。このどちらも大切なものであり、そのバランスをとることが重要である。

一個人には、必ず父と母が存在しないと生まれてこないように、一個人単独では生まれてくることすら出来ない。これは当たり前のことである。他者との共生が重要である。個人としての考えや主張は尊重するが、他人の生存を脅かすようなことは主張し合わない。他者との共生を考えるあまり、自己の考えや主張をしないのも神と父母に与えられた自己を尊重していないことになる。すべてに神が宿るのである。だからこそ、すべてのものに対して慈しみの心をもって接するのだ。怒りは、自らの心の中にあるものであり、憎しみもまた同じである。

人間はみな身勝手な生き物であり、お互いの身勝手の折り合うところで社会を維持している。喜びや怒りや悲しみが他人から起こされても、互いに神の一部としての起こった事実は静かに受け入れるしかない。しかし、みな未来を自らの意志で創ることが出来る。今、この瞬間、瞬間に自ら望むことを叶えるよう行動し続ける。

アジアの日本文化は、いわゆるその時の空気に左右されるように、波動性の性質が強い文化である。感情面でのバランスだけではなく、事実を正面から捉え、論理的な思考で考え、仕事は合利的に考えなければならない。利益とは他者からの評価である。但し、他者をだましての利益は認められない。手段に正当性が無いことは認められない。

もう一つ重要なことは、婚姻を重ねることにより、様々な人種民族が交じり合って日本人となったその象徴としての天皇家の存在である。我らの先祖は、慈しみの心を持って日本国を築いてきたのだ。時には権力争いも起きたが、国を滅ぼす宗教戦争や人種戦争は起こさず、奴隷もつくらなかった。日本国を創り、互いに認め合う最高の行動は婚姻である。大陸の、度重なる戦火から逃れてきた先祖。我らに命を繋いでくれた先祖に感謝し、今となっては、何世代をも超えて混ざり合った血、その象徴である天皇家を日本総本家としていただく日本人。今こそ、先祖に感謝し、「和」の意味を理解した日本人として誇りを持とう。目や脳や骨や筋肉から成り立つ日本人の、その名が縁の各個人。日本語で思考する人が日本人。「和」の精神の日本人。日本人は、先史時代の末裔であり、また、歴史上最古のシュメールの末裔でもあり、そこからの流れであるサマリヤ、そして古代中国の末裔でもある。

 

和の国の住人である日本人の一人一人が自責で自由に自立し、自立した男女が夫婦となり家庭を築く。その家庭で子供たちに愛を伝えていく。和の精神とともに愛を伝えていくことで共生社会は生まれる。その共生社会がアジア圏、そして地球全体に広がり、地球も喜ぶ時代をつくることが私の夢である。その為には、和して同せず、お互いに認め合い、譲り合うことが必要。夫婦の問題も、社会の問題も、国家間の問題も、世界を牛耳ろうとしている一部の人々も、俺がルールだ、私に従いなさい、という自分だけが正しい、という考え方とそれに基づく行動で、その問題を大きくしている。自己の利益のために他人を踏み台にすることなく、相手を尊重し公平な関係性を築く。日本の心を世界に広げる。

 

日本の心(和の精神、日本人の氣概、志)

1.人間は宇宙や自然の一部であり、宇宙や自然と繋がっている。

すべては一つ、それを知覚できないのが人間。宇宙の法である自然法を尊重する。宇宙や自然と共生する。

2.宇宙や自然の中で埋もれず、自立する。

  自ら機会を創り出し、機会によって自らを成長させる。今を楽しむ。

3.自分の志に生きる。

  人間に上下は無い。役割の違いがあるだけ。一人一人が皆主役。

4.相手を認める。

  認めるが同じにならない、和して同せず。意見は伝え合うが、争いは避ける。

5.与えて受け取る。

自ら宇宙や自然の中で新たな循環を起こす。思いがうねり、らせん運動として現れている。

 

日本の心を持ち、一人一人が自責で行動する。家族や会社や集団、地域社会や国々も自責で行動する。その行動が本人の幸せや楽しみ、そして、周りの幸せや楽しみに繋がる、そういう個人、家族、会社や集団、地域社会や国々を自ら目指すとともに応援する。

自責で考え行動する人が、幸せや楽しさを感じる基本的な要素は、次の4つであると思う。①安全、②豊かさ、③共生(人や自然、モノすべて)、④感謝(モノや出来事、いただく命)。今までの国益とは、安全と豊かさといわれることが多かったと思う。新しい時代は、それに加えて共生と感謝がとても大切な時代になっていくのだと思う。これは個人や会社でも同じである。

 

・安全

安全の実現には、目的を明確にし、行動することが大切であり、言われなくても立ち上がって届けるという、スタンド&デリバーの精神が更なる安心を生む。 そして、行動前に事実確認をする。感性(五感の感度)がとても大切なことである。 更に現実に合わせて、決めていないことをやり遂げることもあれば、決めたことをやらないこともある(決意と柔軟性)。

・豊かさ

サービスや物を提供することで得られる利益は、とても素晴らしいことである。これは感謝の表れでもある。 常に今、この瞬間に求められる以上の感動を提供すべくイノベーションを行っていく。

・共生

この宇宙に共に在るものとして、楽しさを共有し、お互いの事柄を祈り、そして、お祝いする。 基本的に相手の存在を肯定して、信頼と尊敬の関係を広げ、繋がりを大切に進んでいく。

・感謝

感謝こそがリーダーシップである。自発的に他人や社会に貢献していく。 そして、MUST思考、やると決めたことは必ずやり遂げる。